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開業100年仙石線 旧仙台駅は日本最初の地下駅だった

2025年07月22日

JR仙石線が2025年6月、開業100年を迎えました。
今回の記事では、仙石線の誕生とこれまでの歩み、開業当初の仙台駅が日本で最初に出来た地下駅だったことや、開通当時としては先進的な技術が導入されたことなどをご紹介します。

仙石線の誕生まで

仙石線の前身は、「宮城電気鉄道」という私鉄でした。
第一次世界大戦中に増加した亜鉛の需要に応えるため、宮城県栗原郡(現在の栗原市)にあった細倉鉱山は、電力会社と電力買い取り契約を結びました。
しかし、第一次世界大戦が終了すると、亜鉛の需要が激減したため、亜鉛精錬用の電力が多量に余るようになりました。
そこで、余剰電力を有益に活用するために、仙台と観光地・松島とを結ぶ宮城電気鉄道を建設することになりました。
宮城電気鉄道の初代社長は、細倉鉱山の所長だった山本豊次でした。細倉鉱山は当時、「高田商会」という商社が経営していました。高田商会は、大正時代初期には、三井物産や大倉組と並ぶ大商社で、三菱や三井などの財閥とも肩を並べるくらいの大企業でした。高田商会と宮城電気鉄道とは、親会社と子会社との関係にあったといえるでしょう。

仙石線の歩み

宮城電気鉄道は、1925年(大正14年)6月5日に、仙台─西塩釜間で営業を開始しました。その3年後に、石巻まで全線開通しました。
1944年(昭和19年)5月には、国有化され、路線の名称が「国鉄仙石線」となりました。
1987年(昭和62年)4月に、国鉄の分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)が発足。国鉄からJRに。
2000年(平成12年)3月には、あおば通─仙台間が開業しました。その後、仙台市営地下鉄東西線との相互直通運転は実現しませんでした。
2015年(平成27年)5月、東日本大震災による被災から復旧。全線で運転を再開しました。また、全線運転再開に合わせ、東北本線と仙石線とをつなぐ「仙石東北ライン」の運行がスタート。これにより、あおば通─石巻間を直通するのは、普通列車だけになりました。

日本初の地下鉄?

宮城電気鉄道は当初、仙台駅を東北本線仙台駅の東口に設ける計画でした。
ところが、高田商会に招かれた外国人技師が、東北本線仙台駅の地下を横断して同駅西口に至る延伸ルートを強く進言したようです。これによって、計画は変更されました。
東北本線は硬い岩盤の上にあるため、地下部分の工事は難航。工費もかさみ、東北本線仙台駅の東側から地下に潜って300メートルほど入ったトンネル内で行き止まりとなりました。そこを起点・終点とする、当時の宮城電気鉄道の仙台駅地下ホームは、西洋風でしゃれた支柱や天井のある豪華な造りでした。
当時の様子を知る仙台市内に在住されている男性のお話によると、
「子どもの頃、不思議で珍しくて憧憬(しょうけい)の思いでキョロキョロ、ワクワクしてたたずんだ」
「仙台駅西口地下乗り場の出入り口には公衆便所があり、アンモニア臭もあった」
とのことです(2023年1月23日に配信された河北新報オンライン版を参照)。

1925年6月5日に開業した宮城電気鉄道の仙台駅は、日本で最初の地下駅でした。米国のニューヨーク77番街駅を模したともいわれています。

ところで、日本初の地下鉄は一般に、1927年(昭和2年)12月に開業した東京地下鉄道の上野─浅草間(東京メトロ銀座線の前身)であることが知られています。「地下鉄」には、厳密な定義がありません。ただし、学者の方も言われているように、良識の範囲内では、「地下の駅やホームを有して一定区間地下を走る鉄道」という解釈ができます(大島登志彦. 宮城電気鉄道・JR仙石線の歴史と地域的課題. 高崎経済大学論集. 2022, vol. 64, no. 4, p. 1-16.)。
そうすると、宮城電気鉄道は、上野─浅草間よりも約2年半早く開業していたため、「日本初の地下鉄」といってもよさそうな気がします。
一方で、1914年(大正3年)12月に開業した東京駅では、その翌年に、地下通路に郵便物を輸送する専用線が完成して、電気機関車が台車を引いて走っていました。
このことから、宮城電気鉄道の東北本線をくぐる区間は、「日本初の地下旅客鉄道」というほうが合理的ではないでしょうか。

仙石線仙台駅は、1952年(昭和27年)6月1日、地下鉄道と地下ホームを廃止して、地上に出た場所に設けられていた仙台東口駅のホームを改修し起点の仙台駅としました。廃止された地下鉄道は、東口へ抜ける連絡通路として活用されました。

開業当初、設備はすごかった?

開業当初の宮城電気鉄道の電化方式は、直流1500V。当時、直流1500Vで営業運転していた鉄道は、近鉄大阪線と吉野線、東武鉄道、それに九州鉄道だけでした。1926年、国の鉄道省により最初に直流1500Vで運転を開始した東京─小田原間よりも先のことでした。
また、マニアックなお話となり恐縮ですが、37kgレールや色灯式信号の導入も、地方としては先進的でした。
このように、開業当初の宮城電気鉄道では、首都圏や近畿圏から離れているにもかかわらず、当時の鉄道省にも勝る新鋭の鉄道技術が多く導入されました。

全線開通して間もない1934年(昭和9年)12月時点では、朝5時台から夜0時過ぎまで、仙台─石巻間は1時間ごと、仙台─東塩釜間は30分ごとに運転。首都圏の鉄道並みの運行時間帯と運転間隔でした。
車両も、木造のダブルルーフ(二重屋根)が一般的だった開業当初から、シングルルーフ(丸屋根)の鋼鉄製とするなど、郊外を走る電車としては先駆的な存在でした。

80年ぶりに新型車両導入

しかし、国に買収されてからは、ローカル線扱いとなって、新型電車の投入はほとんどされませんでした。
開業時から仙石線は、前身の私鉄の規格が妨げとなって、駅のプラットホームが短く、東北本線のように何両もの客車を機関車が引っ張る列車は運行できませんでした。そのため、国鉄は、首都圏などからのお下がりの中古電車により輸送力増強を図りました。
1960年代半ばに首都圏から転入された通勤電車は、冬場はすきま風がひどく、仙台鉄道管理局が学生から「東京でこんな古い車は走っていない。寒冷地向けの新車を配備してほしい」との陳情を受けたほどでした。

2025年12月に、仙石線では、実に約80年ぶりに新型車両が導入されます。
新型車両「E131系」は、現行の「205系」よりも車幅を15センチメートル広げ、乗客1人あたりの座席幅も2.5センチメートル拡大しました。また、車両1両に2台ずつ防犯カメラを設置。より安全で快適な車内環境を実現しました。
今から、新型車両に乗るのが楽しみになってきましたね。

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